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ぜんぶ嘘

一人恋愛議事録

11.BITCH IN THE BOX

 女の貞操観念の有無というのは、人生における父性の欠落が原因だという電波を唐突に受信しました。私は長男から生まれた長女なので表向きは大切な箱入り娘として、小市民なりに手間暇かけて育てられたわけだけど、両親の夫婦仲は悪くわたしが子供のときは常に喧嘩をしているか、私が怒られて泣いているかどっちかくらいの記憶しかない。

 父親は仕事しかしない(できない)そういう傾向を持った人間で、多分子供には金さえ使ってやってればいいとか、母親(過保護)の命令に従って私の習い事の送迎を嫌々ながらでもやってさえいればいいというような態度を露骨に示してきた。大人になった今でも相容れないものを感じているのでできればなるべく関わりたくない。

 

 家庭内にそういう歪んだ人間関係が形成されているにもかかわらず、母は絵に描いたような暖かい家庭とか団欒をやろうとする人で、そういう能天気な母親のおかげでたしかにそういう家族らしい家族との記憶や思い出もあるわけだけど、いっこの人間がこういう不安定な環境で育つとそのままアンバランスな人格が形成されるのでやめましょう。

 父親には母にバレないように暴行を受けていたので基本的に男性不信だったため、私の男性観は成人して門限がなくなり、実際に異性と交際するようになってからほとんど完璧に作り変えられたといっても過言ではないだろう。

 

 女の子の男運はパパ次第、というけれど、私は子供時代の記憶に報復するように仕事のできないダメんずとしか付き合わなかったし、でも実際には金のかかる娘だったからそんな人たちと上手くいくはずもなく、それでも数人とはそういうことを続けたけれど今にして思えばなんて陳腐でつまらない馬鹿なことをしていたんだろうと思う。

 これだけ若者の賃金が下がっていたら親以上に金を稼ぐ人もなかなかいないだろうと思いきや実際はそんなこともない。これは半分は母の受け売りだけど子供の限界を決める親はろくなもんじゃないといえよう。ためしにデートのときに財布を出すことすらなく会計を支払わせてみたりしてみたけど、私が父から与えらえた愛情は金だったんだと気付かざるをえなかった。

 

 親というのは自分を守ってくれる存在であるべきだとかいうけど、母はともかく父に可愛がられた記憶はないので、男性が自分を精神的に保護してくれる存在であるという感覚がない。多分そういう良い意味での先入観(というか期待?)がある人じゃないとそういう相手を自然に選ぶようにはならないのでは?私にとってはむしろ男性は私の安寧をただただ脅かす存在でした。

 そういうことは間違いなく子供のときに学ぶべきだったものですが、全部合わせるとこの10年くらいで理解できるようになったので、学びに遅いというものはないのだなと思う。まあ情緒の不安定さを世俗的な贅沢で満たす人間にはなってしまったわけだけど、だったらそれはそれなりにこの世の一時の快楽を貪り尽くして死ねばいいと思います。

10.すべては幻

 私はずっと自分のことを品行方正でお淑やかな人間だと思い込んでた節があるんだけど、ずっとって言っても多分思春期くらいのころからだし、でもその思春期ですら細かく思い出せば人を巻き込んで盛大に暴れたりしてたんだけど、それはほとんど無意識なので、無意識は記憶に留まっていないらしい。

 お前はアンビバレンス=クソ女だみたいな罵倒をされて、別に好きでこんな人格になったわけじゃないんだけど、前述の通りこの性質がもとで人を甚大に振り回していることがわかってきたからやっぱりなるべく一人でいようと思いました。

 

 このアンビバレンスというのはそうじゃない人には多分一生わからないんだけど、ほとんどの場合で無意識であって、治すことはおそらく不可能。世の中ではツンデレとかいうキャッチーなネーミングで大流行したこともあったけど、ラストでデレデレになるヒロインはアンビバレンスではなくただの照れ屋さんです。

 そういう都合のいい純愛萌えアニメに夢を見て実際のツンデレっぽい女を落そうとしても、最悪の場合、気を病んで終わります。多分その経験のある人から我われは知りもしない他人様にクソ女呼ばわりされたりするんだけど、人を簡単にカテゴライズして敵か味方か判断してあろうことか攻撃してくる時点でアンビバレンスだろうがそうじゃなかろうが愛なんか無理なんだよ。貴様は本当の愛の意味を知っているか?

 

 交際して喧嘩したり摑み合いになったりした相手にクソ呼ばわりされるのは構わないんだけどさ、交際すらしていないお友達関係の人にクソ扱いされるのはちょっと辛いなと思う今日この頃です。なんでセフレ以下のお友達にクソ扱いされるのか考えてみたけど、相手が私に好意を抱いていることを承知でそれに応えず、しかしながらかなり仲の良いお友達としてナアナアな付き合いをしているというどっちつかずの態度が気にくわないんだろうなと思いました。

 男女の友情否定派なんならヤれないと思った時点で切っちゃえばいいのに、好意や支配欲にかまけて思い通りにならない相手をクソ扱いするのクソだなーと思うけど、男性がそれだけ嫉妬深い生き物だということは決まりきって変わりようがない事実なので、私はクソ扱いしないよ。まあタイプじゃなかったら彼女にならないけどさ!

 

 人はみなもっと片思いというものの素晴らしさを知るべきだと思う。アニメとかの二次元キャラに入れ込む人たちがいるけど、あれは究極の片思いで無償の愛っぽい。下手なカップルよりよっぽど純愛だよ。一方通行は簡単なんだよ。愛を与える喜びがないと無理だけど、己の支配欲に支配されるよりは楽しいことのような気がする。

 支配欲、というと批判的に聞こえてしまうけど、私たちのように応える性である女にとって彼らは着火する火のようなもので、やはりどちらが欠けても循環しないものなんだなと思うと嬉しいです。どう頑張っても私たちだけでは燃えられないから。最近なんだか不完全燃焼なのでもっとめらめらになりたい。めらめらのパチパチになって焦げて燃えカスになるまで愛し尽くしたい。まあ朝が来たらさっさと家に帰りたいですけどね。

9.やってくる男を全員倒して一人になりたい

 付き合った男がおかしくなるな〜とはっきり思ったのは最後の男と切れたあとだったけど、彼氏が狂うことを公言しているとモテないからないことにしてただけです。別にモテたいわけじゃないけど、私には男(体)が必要なのでチャンスをわざわざ減らすようなことはしません。

 フラフラ生きてると私の人生を勝手に操縦しようとしてくる人はよくいて、彼らはつまり主に私の恋人たちのことですが、どうにかして私を助けてあげたいという善意から行動を起こしているのだろうけど、こういうのをありがた迷惑というのだろう。

 

 私は私が軌範する私の行動によってしか人生をやっていくつもりがないし、誰でもがそうでしかないと思って生きているのですが、どうやら他人に成り代わったり成り代わられたりできると本気で思っている人間はわりといるらしい。

 横から口出しをしてくる彼らの態度をたんなる戯れだと思って相手にしていると関係が破綻したりするけど、自分の人生は自分にしか責任が取れないので勘弁してほしい。それに、彼ら自身も自分の人生から逃避している場合が多いけど、自分の人生をやるほうが有意義なのではないか。せっかく男の子に生まれたんだからもっと闘えよ。闘って勝ったり死んだりしろ。それが男の特権だろ?勝ちたい人しかこないでください。

 

 暇なので数年前にしていたのと同じように無節操に男の人に会って遊んだりしているけど、感情的なつながりを求めず関係性が希薄であればあるほど、義務的に参加した飲み会の美味くもない居酒屋の酒をガバガバ飲んでただ機械的に酔っ払ってるみたいな気分になる。たしか若かった私はそれに飽きてしょうもないクズ男と付き合って消耗するプレイに興じるようになったのだった。

 柄にもなくまっとうな純愛っぽいものに目覚めてみたりもしたけど、プラトニズムとかは実践しようとすると多分この世に留まっていられなくなるなと思いました。もちろん死んでしまってもよかったんですけど、幸か不幸かそんな覚悟のある男はいませんでしたし、クズと付き合ったところで簡単に放り出せるほど人生に絶望することもなかった。

 

 結局だれもかれも私を壊してはくれなかったんだわ。っていうのは冗談ですけど、真剣にやればやるほど関係が壊れてしまう星の元に生まれたことは理解できた。実際の経験をふまえた上で誰とも深い仲にならないという選択をするのが、どれだけのことかわかってんのか。

 お前にはこれと同じだけの覚悟があるのか?ということを、今までの男は相手がよくなかったんだよ〜とかそれっぽい理由でこじつけて簡単に口説いてくる人間にぶつけていくストレートに重い女になろうと思います。

8.果たし得ない約束

 遅れてきた青春がやってきて誰かを好きになることを知ったとき、私はもう一生ほかの誰かを好きにならずに済むと思ったら安心した。黒蜥蜴なら毒を飲んで死ぬところだけど、あいにく毒物は甘ったるいアルコールくらいしか用意がなかった。
 先月買ったばかりの新しいブーツを履いてヒョコヒョコ歩いていたら左足首が腫れて痛い。よく知りもしない男の色気もクソもない口説き文句というよりは買収交渉を右から左に流しながら、目の前で表面張力を起こしている透明な液体を無心で胃に注いで間を持たせた。
 
 世の中というものはつまらないデートの愚痴でデートの約束ができるくらい雑で無神経なんだということに最近ようやく慣れてきた気がする。前述のとおり思春期にインターネット漬けだった私はインターネットの冴えないオタクたちの処女願望(裏を返せば強すぎる純愛願望である)に感化されていたし、初めて付き合った男は昭和以前風の大和撫子を時代遅れなまでに追い求めていた。


 数年がかりで行われた刷り込みはそれと同じだけの歳月をかけて解かれるもので、気がつけば自分がなにを目指していたのかすらよくわからない。世の中で結婚して家庭を持つことが幸せだという価値観がなかば集団ヒステリーじみているように、私もまた真っ当な社会人みたいなものにならなければならないと思い込んでいたのかもしれない。
 
 いくら好きでいたとしても彼でさえ私にとっては経験の一部でしかなく、私もまた特別な存在ではないのだ。一連の愛の実験はあえなく失敗に終わった。同じ過ちは三度までにしている。
 よく他にも男を作れと言われていた、私を独占しようとしていた当人に。愛情と現実は全く別物でありながら同時に存在するもので、目に見えない価値に現実を合わせようとすると途方もない努力がいる。もちろんいつも現実に敗れる。
 
 手の届くところに一番欲しいものがあるのに、手近なもので妥協するなんて野暮なことはできなかった。だからもう届かないところにいってしまったことに安堵している。好きなままお別れすると嫌いになることが今後一生ないのかもしれない。
 彼は私の記憶と空想の中でのみ存在する人になってしまったのだ。振られる、ということがこれだけ自由に一方的でいられることだとは思いもよらなかった。あれが私の絶頂であったことは、始まる前から勘付いていた。また開けてはいけない扉を開けてしまったような気がした。
 
 とりあえず純愛の悪夢から解放されたので、誰でもいい男をかき集めて順番に会うっていう彼がかつて私に望んだような行動をとってみたけど、想像以上に簡単に成し遂げられてしまったのでやはりあの時にやる必要なんかなかったことが確認できた。こうして新しい呪縛のなかでまたもがいていくんだと思う。

7.パンドラの箱

 私のインターネット依存は重症だ。子供のときは家庭がめちゃくちゃだったから一人で使うパソコンはくだらないコミュニケーションが発生しない絶好の遊び道具だった。中学生くらいになったら自分用のマシンを買ってもらえたので家にいる間は過熱してファンがうるさくなるまでクソでかい箱(白くてデカい懐かしのeMac)に噛り付いていた。

 

 それから去ること10年くらい、私は相変わらずパソコンとインターネットが大好きだ。大好きすぎてこの数年では人間関係までパソコンを介して形成するようになっていた。しかしながらインターネットは逆バベルの塔のようなもので、みんなが一つの言語をしゃべっているようでいて実は無数の言語を持つ人間の集まりであり、そのコミュニティはおそらくハナから崩壊しているようなものでした。

 そういう人間関係の不透明さはどこで形成したって同じだろみたいなことを吹っかけられそうだけどそんなことはない。たとえばよく言われる話だと女は容姿(は性的価値に直結している)の優劣が同じくらいの人間同士で群れるらしい。それは似た者同士にしか分かり得ない共通した目線があるからだ。

 

 この数年は社会の残りカスみたいな仕事をして糊口をしのいでいたが、これは非常に心が荒むことがわかった。一人で貧乏に暮らしていると元々悪い性格がもっと悪くなるというかイライラする。

 特にこの一年くらいは末期状態で、寂しいからと作った恋人とも大して何かが向上するような関係でもなく、壁のうすーいアパートのゴワゴワしたカーペットに座ってまずいコンビニ惣菜とか、箸入れが油でベタベタのラーメン屋のラーメンとか食ってて最悪だった。こういうのはごくたまに楽しむ非日常であって日常ではない。

 

 その頃のことはおそらく現実味がなさすぎてあまりよく覚えていない。食事のことくらいしか書けないのはどこかで遊んだ記憶もそれほどないからってのもあるし、セックスのときは大体脳が正常じゃないので覚えていようとしてもわりと難しい。

 っていうか交際歴が増えてくると付き合ったばかりというわけでもない目の前の相手のことを随分前に別れた男の名前と間違えて呼びそうになったりするし、みなさんはそういう経験ありませんか?ひとりずつ付き合っててもこうなのに、多頭飼いしてる人の頭ってよほどハッキリしているか、全員を同じ名前で呼んでいるのかもしれない。

 

 私が初めて寝た人間はほとんど赤の他人のような存在だったし、恋愛に夢をみるなどということは実際に男女交際などを経験してみるより前からなくなっていた。もともと男という生き物があまり好きではないのかもしれない。

 だもんで散々書いているように、私のからだが女の形をしているから男を欲するのだという理由以外でそれを求めることはなかったんだけど、そういう女に限って過激なロマンチストを引き寄せてしまうらしく、そいつらがみせてくる幻影に溺れてロマン主義かぶれになってみたが、人というものはそんなに簡単に変わらないらしい。

 

 ようするにもうずっと純愛という悪夢を見せられていたわけなんだけど、夢というものは無軌道なので正しく記憶しておくことは難しいようだ。なぜそんな夢をみたのかはよくわからないが寝る前に気紛れに読んだ小説とか映画とか、そういうものに影響されただけだろう。

6.必要不可欠

 もし東京がなくなったら。もし東京がなくなったら、君と君と君と君と君と君ともうほとんど覚えてない誰かと二度と会うことのない彼らとの思い出も、その中にいたはずの私さえも綺麗さっぱりなくなって、でもきっとまた気がついたらどこかわからない場所にいて、また同じように歩いたり立ち止まったりしているんだと思う。

 そーゆー日常の崩壊は待てども待てどもやってこない。これは甘くて自堕落な夢だからだ。夢からなかなか醒めなくなった時期があった。覚醒する前にまた眠りの中に落ちてしまい、なかなか目を開けることができない。それでもやはり現実は続くのだが、夢ばかり見ていたらなんと現実が崩壊したので惰眠を貪ってる場合でもなくなった。

 

 ともすればこのくだらない日常は破壊するには惜しい平和といえるものなのかもしれない。人は失うことでその大切さを知るとかいうけど、知りたいからこそ壊したくなるというような知性の獣とでもいうべき人類は意外とありふれている。

 そーゆー茨の道に身を投じるのに傷一つない若い身体は持て余すものだが、若さは自然消滅するものだし、長く生きてれば傷の一つや二つや三つくらいはできるものだ。そうやって人生は少しずつ使い勝手がよくなっていく。どんなに傷つくことを恐れていても、生きているだけで失うものがあるこの世はなんて合理的なんでしょう?

 

 恋人と切れるとすごく忙しくなる。最近では人智を超えた領域に、次から次へと男を送り込んでくるお節介おばさんでもいるのではないかと思うようになってきた。まただめだったの?じゃあこれは?こういうのもいいんじゃない?って服でも選ぶみたいにさー。

 初心でうだつのあがらないロマンチストどもの寝言に付き合うのに飽きたので、ごく普通の社会的に脱落してない男を相手にしてみたけど、二言目には結婚家庭子供家族、もしくは穢れのない美しい純愛の夢みたいなものを宣うので、男というものを諦めて、私は私の思う通りに生きることにしました。

 

 きみと話していると若いときの情熱を思い出すんだよみたいなことを云う人間がいるが、それは私がモラトリアム女だからで、なにか特別な運命とか赤い糸とかそういうものではございません。若返りのために恋愛をすると破滅確率は80%オーバー。

 あまりにも安全な生活や人生に飽きて破壊行動に走る人間は、まあ止めたって無駄なので好きに破滅すればいいし、死ぬときは死ぬんだから早いか遅いかどちらかでしかない。でもそうやって危なっかしい人ほどどうせ死にきれないんだから、どのみち人生なんてそう簡単に変わらないのです。

 だから私なんぞを死神に見立てたりせずに一人で勝手に破滅してれば?って思うんですけど、それなりの代償を支払われるとなるとなんだか欲望に巻き込まれてしまうんだな。わかっちゃいるけどやめられない!やめられないし辞める気もそんなにないので甘んじて受け入れよう、さあ楽しいパーティーの始まりだ!(?!!??)

5.どちらでも同じこと

 悪夢を見た。元恋人が恨み辛みを蒸し返して長文メールを送ってきたり周囲の人間が一緒になって攻撃してくるといった散々な内容。目が覚めたら久しぶりの雨だった。

 私の人生はどうにもこうにも捻じくれてしまっているが基本的にゴムみたいな伸縮のある素材なので、ひとたび力が抜ければ元通りなのだった。こういう泥臭さとは無縁な自分の感覚がたまにつまらない。世の中は不器用な人間のほうが人気が出るからです。

 だからといって人気者になってチヤホヤされたいとかじゃなくて、人気者になるってことは暗いところでピカピカ光ってるようなものなので、夏の夜の街灯に得体の知れない有象無象が集っている様子しか想像できない。だからこそ私は日陰者なのです。夜に蝶々は飛ばないと思うけど、猫とか夜行性だし、夜には夜のよさがある。

 

 ブログを書くと恋人ができてブログどころではなくなるっていうのが私の中では定説だけど、ブログを書くくらい暇だとそれと同じ労力で人が見つかるってだけだなって思いました。出会いがないとか彼氏できないみたいな愚痴を垂れ流してる人って一定数いると思うんだけど、とにかくオスを獲りに行くぞと思えばそんなに難しいことではない気がします。

 私は恋人と別れるたびにもう誰とも付き合いたくないなって思うんだけど、とにかくオスという生き物はメスを孕ませることしか考えてない。それどころか孕ませた上に社会的な重荷を負わせてくる存在なので、男体を求めると面倒ごとがアンハッピーセットって感じなので単品注文したいんだけど、なんだかうまくいかないものだ。

 

 自分は誰かと付き合って永続的に幸せになろうなんて思ってないからいいんだけど、とにかく射幸心を全開にしてくる男性諸君は不幸でならない。不幸でならないが、いい加減歳をかさねてくると不幸にも強くなっているもののはずなので、そこに期待することにする。大人なんだから自己責任ですっ

 女の子が王子様と結婚するおとぎ話は「いつまでもいつまでも幸せに暮らしました」みたいな定型文で締められてることが多い気がするけど、では私たちの大好きなマリーアントワネットではどうだろうか。現実味がないと切り捨てられそうだ。マリーの熱心な愛好家たちが豪華絢爛なヴェルサイユの奥に血生臭い断頭台を夢見ているのだとしたらそれはそれで愉快だ。

 

 幸せは永遠につづかなくていいと思う。永遠なんてないし、永遠を探しに行くのはそれなりの代償は払わねばならない。代償を払ってそれをやってみたらすごく楽しかったけど人には勧められません。人には勧められないが、私は蟻地獄みたいな女なのでついついかわいらしい男や女がいるとこちらへ手招きして一緒に堕ちてみたくなるなっていう欲望を隠すのはもうやめて素直になろうと思います。