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ぜんぶ嘘

一人恋愛議事録

4.ここにはなにもない

 私は他人に対する共感、感情移入といった情動のようなものが希薄なのだろうか。人に対する興味や関心はあるのだが、相手の気持ちに乗り移る、寄り添うなどといった自他の境界を曖昧にするようなコミュニケーションがよくわからない。よくわからないが、どんなに頑張ってもよくわからないので正直どうでもいいと思っている。

 手と手が触れ合い、どちらのものともわからない生暖かい体温や体臭を感じても、その内側にある粘膜や分泌液を擦り混ぜ合わせたとしても、私やあなたを形作る皮膜がラーメンスープに浮かんでいる油みたいに弾けて一体化することはなく、私たちはどこまでいっても平行線なのだ。

 

 いくら人の心に接近しても、それは近いだけであって一緒になることは一生ない。それだけに、いくら近づいても私もあなたも壊れるはずがないと思ったのだが、それは私の世界で起こっている現象であって、私以外のだれかの中ではまた別の話だった。

 こういう90年代に流行ったアニメ風(?)のひとつになりたい願望というのは、たしかに多くの人の潜在意識?とかにあるような気もするし、多分私の中にもあるんだけど、なんだかとっても不毛なもののような気がする。そういう不毛な夢に眩惑されている危ないやつとはたまに縁があって、前述のように私が男女交際でなにかを成し遂げようと思うことはないので、なんだかフワフワとした、甘くぬるい現実逃避には最適のパートナーとなることもある。

 

 そういう非道徳的な恋愛こそが私の目的であって、そういう人とは最初からそういうことをするつもりで仲良くなるんだけど、相手はどこまでいっても男であり、社会的な責任から逃れられないし、それを果たした上で愛の逃避行ごっこ(笑)をしようという真人間でもないことが多い。

 彼らはマジな駆け落ちに夢を見ているのかもしれないが、私ははなからそんなつもりはないので、真意のほどは知らなくていい。なので社会とは適宜折り合いをつけつつ非日常を楽しみましょうという方向に持って行こうとするんだけど、なんだか快楽に溺れやすい人はそうもいかない。

 快楽に溺れやすい人というのは、耳元で甘く囁いた瞬間に射精に至ったりするので愛すべき存在ではあるが、敏感すぎると戦場では使い物にならないらしい。にもかかわらず、目の前の女とどうにかなろうとする望みを捨てきれない、愛すべき存在ではあります。

 

 なぜどうにかなろうとするのか。そういう刷り込みを打破できない男というのは、自分の幸福をこのクソつまらない社会規範に当てはめてしまっている。すでにしょうもないある意味堕ちた存在であるにもかかわらず、そこから這い上がる大した目算もないくせに人並みの幸福を夢見て、それに届かない自分の幸せに限界を作っているのだ。

 今や結婚や出産なんてリスクの時代でしかなく、私たちは大人になりきれない大人で都会で生活しようとすれば家も子供も贅沢品になってしまった。なってしまったらしいが、どちらも欲しくない私には関係のない話だった。

 

 しかしながらなぜこういうことを考えてしまうかというと、性的な関係を持ってなし崩しに付き合いに発展する男がこういう夢や葛藤を抱えていることが多く、私の交際の目的がセックスだとバレると目的が果たせなくなる可能性が高いのでなかば義務的にこれに関心のあるふりをしたりするけど正直いって楽しい現実逃避によくわからない葛藤を持ち込むなというのが、わたくしの申し上げとうことでございます。